アニバーサリーの意味。
一週間前から遊びに来ていた両親が明日帰るので、今日と明日は仕事を休んでいたワケです。
ええ。
基本平日出勤なワケですが、ぬるい職場なので、そういうのは結構融通が利くありがたい環境でして。
もちろん急な要請だったので、もともと予定を入れていた用事は消化(休暇)出来ることが条件で受けたいきさつもあり、わざわざ空飛んで来た両親を、急な事とはいえ何日も放置するわけにも行きませんし。^^;;;;
という事で、チョコッとデパートで買い物など済ませ、両親のウン十年目の結婚記念日だった今日、シフォンケーキとチョコレートケーキを焼き、ローソクともしてお祝いの真似事などしてみました。
結婚祝いにローソクも何だかな感じですが。(笑
否、結婚記念日というものは、共同生活人生の誕生日といってもいいかもしれません。
この夫婦。
5年後は節目の●婚式を迎えるので、私が母に『ちゃんとお祝いしなきゃいけないね』といった時。
母:「そうやねー。それやったら、二人とも元気でおらないけんねー」
……そうか。
結婚記念日はあくまで二人そろって迎える誕生日。
夫婦が別れたり死別すると、そこで永久欠番になっちゃうんだわね。
ふむ。
人一人が迎えるお誕生日も、成長期を当に過ぎた大人にしてみれば、さほど嬉しくもなかったりするのでしょうが、それでもいつまでも『おめでとう』という言葉で祝福されるのは、たくさんの試練の中で、昨日と同じこの世に存在出来ていることへの賞賛。
それを二人一緒に迎える結婚人生のお誕生日としてみるならば。
年を重ねれば重ねるほどに夫婦に起こる問題を共に有し、それゆえにいろんな事柄が経験として残るわけで。
だからこそ、そういった難問を無事に越えて記念日を迎えたという事が実に喜ばしい事なんだと、妙に納得するわけです。
そんなこんなで、先の、何気ない母の一言が、とても重く感じられました。
春はたくさんの人が人生の節目を迎え、記念日がたくさん生まれるのですが。
一見、当たり前のような人生の繰り返しの中であっても、一度は埋もれた思いの断片を、掌にすくって見るのもいいのかもしれません。
それが記念日における、ひとつの価値、なのかな。^^